カテゴリー: 子供達と

相模原 横山 LIXIL SW スーパーウォール

ケチは美徳。

エネルギーを電力に頼るとなれば必ず原発につながる。

原発の是非、ちょっと答え出せない。

原発か火力かって二元論が苦手です。

僕が思うエネルギーはソーラーパワーとポットの発想。

売り方がアレですが

アサヒソーラーとかのお湯の作り方は大好きです。

そもそも、電気使わないって発想がいい。

ユニクロのフリースを見たときにこれは俺の皮膚と言ってもいいなと。

毎日着ながら喜んだ。そんなイメージ。

石油製品の登山ウエアも大好きです。

ハイテクで効率よく軽くて気持ち良い。で、エコノミーとエコロジーと

繋がってゆく。そんなサイクルが回るといいな。

お湯を太陽光で温めて、地下室のように変化少なく温度を保つ。

実家に地下室があったので、ちょっとわ知っているつもり。

しかし掘るのも造るのもコストが高い。

土地が坪100万円以下のところではこうじのコストが見合わないので

工事ができないと思います。

ならば土地を広くして大きい建物を作りたい。

これから未来の技術革新でソーラーパネルの値段も下がり

発電量も上がるでしょう。

今のところはエネルギー効率が悪い。ランニングコストが高い。

電気の買取金額に頼っている時点でちょっと僕の選択肢にならない。

消費電力の少ないエアコンと簡単にお湯の沸く仕組み。温めたエネルギーを

逃がさない構造の採用する。

小さな事ですが水道水を植木の水まきに使うのも毎度心が痛みます。

今回の自宅建築に際して雨水を溜めておくタンクも用意しました。

姉の嫁ぎ先は石川県なのですが、川の水を引いていてコンコンと湧いています。

水が湧く家なんて最高だなといつも羨ましく思っていました。

もちろん山梨の友人の温泉の出る家も羨ましい。

しかし太陽の光と雨水は必ず日本なら手に入る。

この辺りの利用が先なのだろう。

エンジン廃止して排気ガスを無くして

電気でカーボンニュートラルってしっくりこない

同じように紙ストローとかもなんでってなります。

スーパーのレジ袋も。

燃費の良い車で15年修理しながら乗る。

まあエコだけど景気は良くはならない。

自動車生産国でそれはどうなのとも思う。

それでも1日に3回パンが運ばれる焼きたてパンを諦めて

でっかい車に乗らない。粗食(極端か)と見栄を捨てることで始まる動きは

エコだけど景気良くならない。

無理をしないがいいところ。やって楽しいがいいところ。

満足の折り合いをつける。もはやお釈迦様の足るを知る的な、ある程度で満足することを学ぶような気持ちです。

冒頭ケチと書きましたが、ケチというより無駄使いをなくしたい。

そっちのエコノミックなエコロジー感が欲しい。

全館空調と高機密高断熱でその後に出てくる革新技術に

発電、蓄電は期待をするってスタンスになりました。

何だか知らないけれどこの家は居心地がい。

リクシル SW スーパーウォールで建てたオーナーの感想でした。

あれから2年が経ちました。

何とか建築まで漕ぎ着けた。終のすみかをイメージしました。

家作りには父親の考え方がベースにありました。父は実家で城を枕に最後まで籠城を決めています。

もはやこれまでと思えば落城して施設に行くのだそうです。

車椅子の入れる家、フラットな部屋、お風呂とトイレが近いこと。

平家として最後は利用する。

断熱性能が高いこと。

この辺りの発想は入れ込んでいきました。

私が重視したのはランニングコストとデザインのバランスです。

屋根にはガルバリウム鋼板を使いました。

壁は塗り物に木を貼る仕上げです。

コストだけではなく好みもだいぶ入れていますが。

家具も建具もなるべく面白いものにしたかったので nikon 館下 直さんに頼みました。

渋谷商会の応接間を見ていただきたいのですが

この部屋は22年前に西門の田中インテリアさんで作ってもらったのです。

その際に建具と家具は手作り家具で作ってもらいました。

家作りはマスプロダクト、工業製品から逃れられないのですが、そんな中で家具や建具は

時間を経て傷むのではなくて、よく言えば味になるようなそんな木の楽しさを

味わいたいと思った次第です。

車は13年 家は30年住めば成功ではないかと思っています。

バイクや車はキャブレターがインジェクションになりました。

フィーリングはいかがでしょうか。

楽しさはどこにあるかで正解が成功とは言い切れないと感じます。

最高の材料を思う存分使えるわけではなく、今あるもののなかで自分なりの最適解を出したつもりです。

それでも私が今乗っているオートバイはインジェクションですので

1年間に1000キロほどしか乗りませんが、いつもエンジンがかかります。

せっかくの休みにプラグカブったから今日はダメだとはならない。ありがたい。

古くと今を融合させる。触るところはこだわりたい。ハンドルは皮巻きにしたい。

そんな小さなこだわりを家作りに詰め込みました。

構造見学会を2021年11月20日21日行うそうですのでご興味のある方は

是非ご覧ください。私も現場ゆっくり見たことないので楽しみです。

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相模原中央区 求人の話

先日求人採用させてもらいました。

いつも思い出すのは学生時代に言われた、面接の帰り道に気をつけなさいの話。

面接が終わった後にくわえタバコで駅まで歩いている様子など

その企業の人に見られているので、油断なく帰りなさいって話でした。

油断しなかった。家までタバコ一本吸わなかった。

採用落ちまくった25年前の話です。

もう一つはNHKお母さんとっしょのお姉さんの面接の話。

何人も希望者が集められて課題に取り組む場面があった。

待合の場で、自分の練習よりもその場で一緒になった人の

練習の手伝いをしている女性がいた。

みんな自分のことで精いっぱいの中、他の面接者の手伝いをしていたそうです。

それを覆面面接官は見ていた。

「あなたは面接のバックルームでもおねえさんでした」

と言われて採用になった話。

社長と呼ばれて、なんとか性格を見抜いてみせる、

などとおこがましいこと考えていた時期がありました。

そう簡単に人の内面や働いたらどんな人かなんてわかるわけがない。

でも、なんとか見てみたい、自然体を知りたいなと。

なるべくたくさん話してもらって、もっと話したかったの気持ちや、

不完全燃焼にさせないようにしたい。ですので面接が1時間を超えることもよくあります。

 お茶を出すタイミングがあったのですが、運んでくれたスタッフから

「あの人はとても感じがいいですね。たくさんお茶を運びましたが、あんなふうに丁寧にお茶を受けてくれた人は今までいませんでした」

と報告を受けました。お茶運んだ人を感動させる人来てくれた。

やっぱり嬉しい。

「こんな人に来てもらいたい」それはお茶を運んでくれた人もそう思っています。

弊社で面接する際お茶を運んでいるのは私の右腕です。

この人の直感をかなり重視しています。

私よりもずっと長い時間一緒の仲間になるのでこの人の意見がとても重要なのです。

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私のsdgs

25年前大学時代に環境法を専攻していました。

高山先生の講義は正直地味で授業中はほとんどの生徒が聞いていないか寝ていました。

砂つぶの話から植物の話になり、環境は小さなものから全て繋がっている。

聞いた時に

「この果てしない講義は終われるのかな?」

地味な話ぶりとバブルの終わりの時代に砂つぶの話ですから全然人気なかったです。

私は高山先生の全く生徒の人気を気にしない人柄が気になりました。

2回目からは最前列センターをとって受講しました。

君たちはペットボトルという材料と戦うことになると仰りました。

当時は醤油のボトルとか一部の調味料の容器に使われていました。

大きなジュース1.5リットルのペットボトルは出てきていたと思います。

500mlで売り出すと爆発的にペットボトルが広まった気がします。リターナブル瓶のビールや炭酸飲料が

当たり前の時代があっというまにペットボトルになった。

500mlの清涼飲料にペットボトルを使わないのは自主規制だったと話を後から聞きました。

これからはコストとの戦いになる

エコとはエコロジーなのかエコノミーであるのか

その両方を狙わないといけない。

先生の話の内容は私の胸に突き刺さりました。

当時はISOが新しい言葉だった。

二酸化炭素の削減と言われても全くピンとこなかった。お金で排出する権利を買うとか

話はわかるけれど意味がわからなかった。温暖化と言われてもまだわからなかった。

オゾンホールができて困るのは色の白い肌の人達だけなんじゃないかなんて思っていた。

バイクで浦安の学校まで行ってティッシュで鼻の穴をほじると真っ黒になった頃。

ハイブリッドカーが発売される前。車の燃費を気にすると、ケチでカッコ悪いことのように感じた頃。

さて、私のsdgsの理解

色々なことにゴールを設定してまずは始めましょう。ぐるぐる回してゆくとそれは段々と繋がっていって

興味を持つことで広がり、勢いがつき、楽しくそして真剣になる。結果を伴えばまた

新たな局面に進む。そういうことなのかなと。

いろいろ思うところはありますが、楽しくないと続かない。

いま現在マンションに住んでいますが、これはとてもエコだと思う。効率はとてもいい。

逃げない熱と、みんなで住むことの便利。160世帯でゴミ置き場もだいぶコンパクトです。

エアコンも機密性が高いのであっという間に冷える、温まる。

いっぺんに世帯数を作るので1戸当たりの値段も下げられる。理想の平家をたくさん作る良い方法。

マンションとはそんなふうに感じます。

そうこう言いながらも家族構成がだいぶ変わりまして、現在一軒家を建てています。

以前友人の住宅建築でリクシルのスーパーウォールをすすめました。

完成したものを見て、こんな家を自分も建てたいと

思うようになりました。

自然素材で作るものにも惹かれました。機密性を高くして効率よく冷やし、もしくは温める。

ハイテクを避けてコストを下げて、私が選んだのはスーパーウォールでした。

エアコンの技術革新はこれからも進む。10年に一回壊れるとして。

そうすると家建てるとき断熱にこだわりたいなと思った次第。

私はこれが絶対おすすめですみたいな話はしません。

それでもハウスメーカーに勤めて

仲介屋と現職で中古新築を含めて300件ほど商いをしてきました。

賃貸と購入を含めて引っ越しは33回しました。

自分のできることと楽しかった思い出の集大成としての取り組みです。

実験室のイメージもあります。

大袈裟になりましたがご興味のある人は連絡ください。

令和4年2月完成予定です。もうちょっとでカミングスーンです。

それと並行して私の肩書き「自転車購入家」なのですが順調に自転車乗りを増やしております。

仕事を受けてもらっている取引先と競合他社の皆さま、友人、後輩など少しづつ自転車仲間が増えています。

知り合いが自転車乗りから「オートバイ乗り兼ランナー」に転進する、ジョブチェンジすると聞きまして、

ロードレーサーとマウンテンバイクを一台づつ譲ってくれました。 165センチ前後の人にちょうど良さそう。

ロードとマウンテン、どっちも最初のナビゲートが肝要と考えています。できれば最初からまあまあの自転車に乗って欲しいです。でもやっぱり自転車高いですよね。わかります。

無理やりドロップハンドルで始めると、あのポジションとかサドルの高さにびびるというか盛り上がりきれないのではないか。それもわかる。わかるわかる。

クロスバイクも息子のと私の営業車の2台が用意できるので、最初はこれで尾根幹線でも行きましょう。

慣れたらドロップハンドルにしましょう。

ハマるかどうかわからない人をハメる。そんな人でありたい。

ペダルも最初はフラットペダルでいきましょう。

尾根幹のセブンイレブンは2軒もマイナス4度のコーラ売ってるんですよ。

多分世界一美味しいコーラになりますよ。

うまいコーラが最高のコーラになるためには、こっちが変わらないといけないって考えと動きが大好きです。

自転車が楽しくなると。

健康な人増える、食べ物が美味しくなる、体型が変わる、ストレスが減る、ちょいちょい

相模原近辺のいいところを軽く「ハイ」の状態で見て回ることになる。まあまあが美しい景色に見えてくる。

地元への愛が育まれる、環境に良い。病人が減る。メーカーが元気なる。パーツの供給が続く。私の子供らも

自転車楽しめる。ご飯思いっきり食べても今日はいいんだよと許される。健康診断を迎えに行く気持ちになれる(かも)

この趣味を始めて10年以上が経過しました。100万円の高級バイクは買えなかったけど

10万円前後のものはずいぶん集まってきました。

タイヤに空気を入れてチェーンに油をさすとしばらく動いていなかったマシーンがまた動き出します。

12年前に買ったロードレーサーはチェーン交換したくらいでいまだにケナゲに走る。

お前そんなこと言うんならしょうがねえなぁ明日な、わかった出しとくよとか言いながらまた

走り出す。そんな人を増やすのだ。

自転車に乗ること、乗せることが私のSDGsです。そしてこれはアートだと思う。

山登りをアートだと先日新聞に書いてあって、なるほどその通りだ。

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多数のエントリーありがとうございます。

この数ヶ月たくさんの求人エントリーをいただきました。

誠にありがとうございます。

経営者となって一番緊張するし、楽しみであるのですが、選考は悩みます。

来るものを拒まず去るものを追わずなどと言えればいいのですが、少ない人数で

やらなきゃなりませんので現実的に色々考えて選ばせていただいてます。

弊社に合いそうだと思う人を勝手に思い込んで採用しているということ。

一方的にこっちの思い込みで進めておりますので、採用にならなかった方どうかなんとか次頑張っていただきたいです。

私も転職を数回しておりまして、面接の時の緊張や会話であんなに話しして

いい雰囲気だったのに

などと思い出すことがありますが、そこはマッチングなんです。

欲しかったのは俺みたいなタイプじゃなかったのか?などと思いました。でも気にしないで欲しいのです。

しばらく落ちた会社の名前が聞こえると、ちょっと甘酸っぱくなりました。

役員面接まで行ったのに! 「名刺作っとくからね」とまで言ってたのに・・

 その後の転職でも、事務所の雰囲気が良さそうだ。お客さんがたくさん入っている。売る側のアドヴァイスのみを信じてこの会社は良さそうだと思って入った会社たち。

そこで花が咲いたかどうかは私の判断だけでは申し上げられませんが

「不動産屋のセガレで入社した以上はお荷物になるわけにはいかない」の思いで

働きました。

学生時代、就職活動中に3社ほど面接結果を待っていた。

一社から採用通知をいただき、他二つの結果を待っていました。

父親から、「お前なんで最採用通知の会社に行きますって返事しないんだ?」

と聞かれました。相当怒気を含んでおりました。

今就職活動中で全部結果が出てから考えようと思っているよ。などと答えたところ

激怒していました。

「なぜ行く気もないところを受けたのだ。採用通知をだしたものの気持ちを考えたのか?」

父親とは弊社の先代のことです。25年前というと弊社も創業15年目社員4名で営業していた頃です。

今も昔も中小企業は人が命。採用について非常にナーバスになるのは当たり前です。

私の言い分を言ったところで仕方がないし、わかってもらえる気もしなかった。

そして、期日はまだあるけれど、最初に採用と言ってくれた会社に行くのもいいかもしれない。そんな考えになりました。

その採用通知の早かった会社に入社しました。

今とは情報量も景気も全然違う就職の話です。いわゆる時代が違う話です。

ただ25年経ってもあの日を忘れない。私にとって大切な日だった。

各人各様の就職活動があり、出会いと別れがございます。

だから、ここに面接は一生懸命受け止めさせてもらう気持ちを改めて誓います。

面接にのぞんでいただいた皆さまに心よりお礼申し上げます。

ありがとうございます。

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わたしのおじさんの介護の話 5

おじさんが亡くなりました。

胃瘻(いろう)しますか?

強い栄養の注射をしますか?

このあとの延命措置は少し考えておいてください

などと言われていたのですが

あっという間でした。

後半は息が細くなって

寝てばかりでした。

前日に気になっていたので

湘和会堂に見学に行きました

まさかその次の日だとは思いませんでした。

直後に大事だったこと

死亡診断書は看護師や医師が書いてくれるもの

そのあとの引き取りは斎場の人の力を借りないと

難しいと感じた。

亡くなった、さあ迎えに行こうではなくて

施設の場合、時間の調整は効く前提でうごいてしまおう

医師が来ないと死亡診断書が書けないのではない

施設にいる看護師が書ける

聴診器つけて医者が首を左右に振って「ご臨終です」

をやるのかと思ったのですが

平成29年から看護師も書けるようになったそうです

印鑑が三文判でもいいので用意しておくこと

事前に打ち合わせをしておいてよかった。

斎場に運ぶときは若手に任せて、

高齢者はついていかなくてよいこと

そこで段取りはほぼ決めることになる

お墓と宗派と連絡先とこっちの意向を

よく考えておくこと(これができてなかった)

50代くらいのおじさんが中心になって

段取りするべきだろうなと感じました。

事前に斎場との打ち合わせは行ったほうがいい。

ブログに書いたりして不謹慎かなと思ったのですが

お世話になったおじさんんから学ばせてもらおうと

いう姿勢で臨みました。誰かの役に立ったらいいなと

思いました。

私のような人間が他にもこれから急速に増えるのと

私がたくさんの人から支えられておじさんの介護に

向き合えたのはとても幸せなことでした。

何度もなんども心が折れそうになり

家族や会社や友人のおかげでここまでやってこれました。

一人じゃ無理だ。薄くてもいい、細くてもいいから

人数を増やそう。仲間を増やそう。話し相手を増やそう

言葉一つでまたやっていける。

一人でしょいこまないことが言葉は変ですが

うまくいったと思うのです。

私はおじさんが高齢になり、なんとなく認知症が始まった時から

できることはやる、できないことはやらないの

線引きを考えていました。

横浜から相模原に呼んだのも、私の都合でした。

介護施設も私がすべて選びました。

会社の経営と家族を優先しました。

残った力、余った時間でおじさんとむきあいました。

最初からそのつもりでした。

これで良かったのだろうかと思うことも

多々あり、コロナを言い訳に使ったことも

ありました。

サバサバとしたキャラクターで

おじさんを送るつもりでしたが

畳のうえでおじさんが寝ている様子を見て

堰を切ったように涙が出ました。

38年前母親が逝った際、私の枕元に

知らせに来てくれたおじさん。

親父は病院でその後の打ち合わせをしていた。

おじさんは私に知らせるために深夜に来てくれた

働き盛りで貿易会社の役員をされていた。

今よりももっと労働環境は厳しい時代に

たくさんの時間をうちの家族のために使ってくれた

施設に入る際に

「何か困ったことがあったらいつでも相談においで」

と話してくれた。

ながいあいだ私の相談役をしてくれありがとう。

何も知らない私に介護のチャンスをくれてありがとう。

これから私は30年くらい生きられたらいいな

生きたいなと考えていますが

今回のことで介護の一部はわかった気がします。

誰かの介護の役に立つように仕事や家族に知人に

なんかしらの協力のできる人間になりたいです。

包括支援センター、病院、施設、ケアマネージャー

斎場、もう数え上げたら何人のお世話になったかわからない

いい勉強をさせてもらいました。

ありがとうございます。

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アスリエ相模原 8月31日閉鎖

アスリエ相模原がなくなるそうです。

閉店の手紙が来ました。

奥さんがアスリエメンバーでして

ショックを受けていた。

残り時間に限りがあります。

隙間を惜しんで通ってゆくとのこと。

JNファミリーが先日なくなりまして

「困ったサウナ好き元JNメンバーは

アスリエメンバーになったのにまた閉鎖。」

って話をサウナでしてきたって

報告を受けました。

スポーツクラブ夢中になって通ったのも遠い昔

相模原ではアスリエ プールも設備もナンバーワンでした。

13年前の10周年記念のときは

何時に行ってもキラキラしていたんですが

残念です。

建物の老朽化と競合、いろいろあったと思うのです。

若いころの思い出の場所がまた一つなくなります。

たくさんの友人ができました。お付き合いの幅も広まりました。

踊って楽しいなんて感覚はここに入らないと

おぼえられなかったな。

優先順位が今はずいぶんと変わってしまいましたが

からだ動かして最高に楽しいと感じたのはここの

スタジオレッスンでした。

今までありがとうございます。

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宮ヶ瀬ダムにおじさんと若者が自転車で登る話

去年の暮れから7回ほど登っています。

1月2月は寒いのです。足先が冷えるのです。

体の中で出っ張っているところは全て

ちぎれるほど冷えます。

天界の様子はだいぶ下界とは違くって

ボトルの水も凍りつく。

靴にホッカイロを入れて

首に職人さんの使うネックウォーマーつけて

朝5時台にマクドナルド集合

そこからひたひたと自転車で登るのですが

日の出の前に集合ですので気合が大事

このツーリングは休憩が多いので半分漕いで半分だべっている。

朝から出発して10時には帰ってきます。

コンビニと宮ヶ瀬のダムのほとりと

愛川の卵屋さんと3回休憩をとります。

しかしそのたびにレースではないのですが

逃げて、追いかけて、勝負があるのです。

50前後のおっさんと20代の若者がそれぞれの

プライドをかけて走ります。

もちろん信号も守るし、交通ルールも守る

1日全てを自転車で終わらせることは許されていませんので

帰らないといけない。

待っている人がそれぞれいます

帰るのみならず、買い物、用事それぞれの使命がありますので

体力も残さないといけません。

燃え尽きてしまうことは許されない。

遊びも、その限られた時間を丁寧に過ごせると

満足度が高いなあと感じてきました。

時間を大事にするって、丁寧に過ごすこと。

春を探しにっていうとかっこつけすぎですが

一週間で景色がどんどん変わるのもこの時期

おもしろい。

その限られた時間だからいいんじゃないのと

思えるようになりました。

おじさんのツーリングに若者がついてきてくれるのは

いつまで続くのか。

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横山公園いかがでしょうか。

おススメ時間は日曜日の昼前あたり。

たくさんの人がウオーキングを楽しんでいます。

平和の原風景。ひろがっています。

横山公園は老若男女集まっています。バランスがいい気がするのです。公園は子供のものってだけじゃあない気がします。

ながい独身生活のため、「友人の家族とばったり会って、今どうしてるのよ?」などと聞かれるのを怖がっていました。私は勘違いをしていた。まぶしくていられないだろうと思ったのです。

いやいやこれは素晴らしい。きれいだしモクモクと歩けるし。大げさかもしれないけれど、200mごとにダイナミックに景色が変わる。上溝中学を卒業したのでさんざん見なれた公園だからと思っていたのですが、中学の脇を校庭を眺めながら森の中を歩いても、パッパと景色が変わって面白い。あら、いい公園じゃないの。

いわゆるチェアリングのひとも。芝生もあるし遊具もあるし、ベンチもあるし。

ゴミ拾いをしている人、バスケットボールをおいかける子供達。

この公園は平和そのものです。

穏やかな春の日差し。これほどかと。

散歩のコースに入れたなら上溝中学、上溝駅、上溝商店街に展開できますのでかなり行動範囲が広がります。この場所をハブにして広げるのがいいですね。

娘と電動自転車で横山公園に行き、上溝中学校の敷地テニスコートの近くでドングリを集めます。

中学校のグリーンロード(ランニングコース)の一部は少し傾斜になっておりまして大袈裟に言えば登山の雰囲気があります。

中学校の正門「日に進み日に新たなり」(上溝中学校歌の一部)の門柱を抜けて下る。きらぼし銀行を目指しながら、ケーエスホームの路地を右手に入った三軒目に&(アンド)ベーカリーがあります。そこでパンを買ってお土産にしました。ここのパンは娘も好きで、一口食べて、ムホッうまい。ではなく、全部食べ終わってからこのパンおいしいなと言わしめます。おススメです。お土産のパンはなんでもトースターで炙るのが好きです。

そのまま店を出て先に行くと昔は釣り堀のような池があったのですが、完全に私有地に勝手に入っていたので寛大な時代だったのかななんて思い出します。

忠実屋の裏の池。当時は別の呼び名でしたが、今でも小学生のころを思い出せる場所です。池は残念ながら今はありません。

帰り道に娘は疲れたみたいで、歩かなくなった娘を抱っこして自転車に戻りました。

こんなことを何回出来るだろう。そんなこと考えながら歩くのにもいい公園です。

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アポロ洗車。洗車屋さんの話

仕事中の独特の掛け声で元気がいい。

挨拶がとてもいい。仕事が丁寧でいい。

トイレがきれい。待合室がきれい。

いつも笑顔。

どこをとっても誉め言葉にあふれた洗車屋さんなのです。

私に言われなくっても。

先代も私も20年以上お世話になっております。

弊社営業担当が洗車をお願いして、「17時にはできあがります!」

という話だったのですが、接客が続き、車を取りに行けなかったのです。

車のカギには自宅のカギもついていたので、家にも帰れない!

あわてて向かいますが、アポロ洗車は18時閉店。

到着すると18時40分にもかかわらず、一台の車に照明が一つだけついていました。

スタッフ一人が残業で残っていてくれたそうです。

ちょうどその車が照らされていて、磨きこまれたアクアは販売店に並んでいるようにピカピカ。

スタッフさんは「お待ちしておりました」と迎えてくれたそうです。

近所ですし、電話して催促をされることもなく・・申し訳ございません。

忙しいのだろうと気を使っていただいたのでしょう。

小町通でリッツカールトンのようなおもてなしの洗車屋さん。

私どものはこの姿勢を学べるだろうか。

誰かにそうしろと言われてアポロ洗車のスタッフさんはこの行動だったのでしょうか。

いつも仕事がいいとは思いましたが、そこまでやるのか。この心意気があの仕事につながっているのだと感動しました。

ありがとうございます。

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銀行の支店長に「オリンピックやるんですかね?」と聞きました。

今この時期にオリンピックの話をします。

色々な答えが出てきます。

ここまできたのだからやった方がいい。
いやいや、人の命がかかっている。
海外からそんなお客様呼べるのか?
中止だよ中止。無理無理。

みんな来たいのかしら?

来たくないのかしら?

じゃあ辞退者だらけの大会は世界一を競ったといえるのか?

色々な意見がある。

今日現在開催国の首都圏は緊急事態宣言発令中だ。

私の意見はやりたいけどやれないのではないか

延期できれば延期して欲しい。

そんな中、こんなときだからこそ、スポーツの素晴らしさで元気つけて欲しい。開催して欲しいと言う人と会いました。

なるほどなと。無責任だと言う意見もあるでしょうが、どちらの道に行っても叩かれると言いますか、意見がわかれます。

このような正解がない中で物事を決めてゆく人にはたくさんのプレッシャーがかかるものです。

せめてその挙動をよく見て、決まった暁には

できる限り協力したい

ブログに書いていろいろな意見があるのはわかりますが、半年後にこの続きを書きたいです。